電車に乗りながら歴史上で最も重要な年は何年だったと思うかという話をaiとしていたのですが、そもそも歴史の終着点(向かうべき方向)とは何なのかという話になり、面白かったので綴っておきたいと思います。
メモ書きみたいになるかもしれませんがご了承ください。清書するかもしれませんし、しないかもしれません。
さて、私は1848年が世界史上で最も重要な年であると思うと主張しました。この年はいわゆる「諸国民の春」の年であります。1848年単体では社会に大きな変化が起こっただとか、革命で地図が変わったとか、そういうことはありません。ちなみですがマルクスとエンゲルスによる「共産党宣言」はこの年に出されています。
この年単体では大きな変化はなかったと言いました。となると別に重要な年ではないのではないかと思われるかもしれません。しかし私はそうは思いません。
1848年の革命は失敗したが、政治や国家が特権階級によって運営されるものから、民衆によって運営されるものへと転換するきっかけになった年が1848年だと思うわけです。
パリでの革命に端を発し、民衆の意思は大きな「うねり」となって欧州全体に波及、やがて全世界に至りました。そして現在の世界の模範とされる民主主義が確立されたというわけです。
これに対してaiは、その「うねり」は民衆の自律的なものであったのか?:例えばナチスは宣伝によって民衆を誘導した。と反論しました。
私は、確かに民衆が完全に自らの意思によって行動したかは定かではない様に見えますが、その選択つまりこの例ではナチスを選択したのは紛れもなく国民ーいや国民の総体(うねり)であって、自律的であると言えるだろうと考えるわけです。
するとaiは、そのうねりは本当に直進的な意思の総体なのかと問うわけです。
たしかに、人間個人の思想に統一されたものはないでしょう。これはよく考える必要があります。
そこで私は、人間の意思の総体すなわち「うねり」とは、4次元ベクトルであると思ったのです。ご存じの通りベクトルは足し合わせることができます。そこまで詳しくはしりませんが。
4次元ベクトルとは、過去と未来の時間軸(過去と未来は別のベクトルと考えます。数学的には正しくないかも!)に、その総体(うねり)の重量+「壁」を意味します。
(もしかしたら既存の哲学者が唱えているかもしれませんが、哲学に疎いので先行研究があるかなどはわかりません。既存だったらごめんね。)
時間軸はいいでしょう。単に過去と未来の単純な歴史です。では重量とは何か、つまりそれは発言力です。先ほど私は1848年は政治が民衆の手に渡った契機であると申し上げました。しかしこの民衆は必ずしも非力ではなく、民衆にも種類があります。たとえば、軍事力を持つものや資本を持つものです。かれらの「うねり」と無産市民の「うねり」には重量に違いがあります。つまり重量とはベクトルを強化する重みのことであります。
少し説明が下手かもしれませんが…
また、「壁」とは、「うねり」が選択した将来において、それが後世から見て失敗(言い過ぎかもしれませんが)であり、ベクトルを少し戻して進路変更を迫られた状態のことを指します。例えばナチスは崩壊し、ヴァイマル共和政時代の民主主義、尤も中身は違うでしょうが、がドイツに戻りました。つまりひと言で言えば迷路ということです。
もちろん民主主義(共和主義)が絶対であるとも思っていません。
となるとaiは、その「うねり」に方向性は無いのではないかと言うわけです。
私はそうは思いません。この民衆によるうねりは短期的で単純なもの、つまり目先のことだけを考えて生じていると思うからです。だれが10年後を正確に予言できましょうか。そんな事ができる人間はいませんし、当たったらほぼ間違いなくまぐれです。
目先のことだけ考えているなら、歴史には連続性はなく単なる偶然の連続ではないかとaiは言うわけです。
では私の歴史のゴールを提示しましょう。ゴールというと少しニュアンスが違うかもしれません。どちらかというと終焉でしょうか。
それは人類文明の終焉であります。結局進歩主義じゃないかと思われたかもしれませんが、そういうことを言ってるわけではありません。少なくともそんなつもりではないです。
つまり「うねり」とは、人類文明が終了するその日まで、人間の総体の意思として短期的な方向性を位置づけ、それが積み重なっていくことで一つの道筋となり、やがて歴史になるということです。カーの言葉を借りれば歴史とは過去との相互関係でありますので、人類文明終了の1年前の歴史家が見る歴史、それこそが人間の総体「うねり」の方向であり歴史なのではないかと言うことです。
なかなか面白いなと思うと同時に、aiの発展に驚かされたというところです。気づいたら歴史哲学の話になるという、、。
繰り返しますが、誰かが既に主張してたらごめんなさい。初めてだったら私が考案者なので、これを「有向線分史観」と名付けておきます。













